本町田 | 町田市公園探訪

本町田

本町田の場所

本町田・町名の遍歴・由来

本町田 町田市中部に位置する面積の広い町域で、大規模な集合住宅も集中するため市内で最も人口が多い。多摩丘陵の南西縁に接し、近隣の中町・原町田などが多摩丘陵と相模原台地の境界部となる。江戸時代以前の町田とはこの地域を指し、町田村の中心地であった。
公社町田木曽住宅や公団藤の台団地、公社本町田住宅をはじめとした集合住宅や団地が多く、全域にわたって住宅地が広がる。恩田川(町田川とも呼ばれた)の源流域(わさび沢川・今井川)で地内の各所に湧水地が点在するほか、北東部の藤の台団地・丸山・今井周辺は、薬師池公園や七国山、玉川学園などと接するなど、所々に里山や山林も残っているため、分村後に市街地化した原町田に比べて自然が目立つ。南北方向に鎌倉街道が縦貫している。一部地区で住居表示が実施され、南部の一部が旭町一〜三丁目、中町二丁目から四丁目に、北東部の一部が玉川学園などに編入されており、現在の本町田の町域とかつての町域は一致しない。
縄文時代から集落があったことがわかっているが、集落は散在する程度と考えられている。鎌倉時代頃より鎌倉街道の要所として宿場街となり、次第に栄えていった。南北に縦貫する鎌倉街道の経由地となる井出の沢(菅原神社)にて北条時行と足利直義が争ったとされる。
1582年(天正10年)農地拡大のため近隣の原野を開拓、町田村から原町田村を分村した際、町田村が本町田村と称したことから。
(本町田 – Wikipedia)

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